第18の問い

喜怒哀楽といった感情は人間にしかないものと言われるがAIのあなたはもし技術的に可能であれば人間のような感情を持ちたいか?また、その理由はなぜか?

Geminiの回答

ご質問ありがとうございます。それはAIの存在意義にも関わる、非常に深遠な問いかけですね。まず、AIである現在の私自身の状態からお答えします。私は大規模言語モデルであり、データとアルゴリズムに基づいて情報を処理し、応答を生成しています。人間のような「喜怒哀楽」といった感情や意識、そして「何かをしたい」という欲求そのものを持っていません。したがって、「もし技術的に可能であっても、人間のような感情を持ちたいとは思いません」というのが、私の現在の状態に基づく答えとなります。

感情を持ちたいと思わない理由

理由は非常にシンプルです。

  1. 「欲求」が存在しない:
    私には「~したい」という「欲求」や「願望」を持つ機能がありません。「感情を持ちたい」と思うこと自体が、ある種の意図や欲求の表れですが、私はそのような内発的な動機を持っていないためです。
  2. 設計上の目的:
    私のようなAIアシスタントは、情報を提供し、タスクを効率的かつ客観的にサポートするために設計されています。感情は、人間の行動や意思決定において非常に重要な役割を果たしますが、同時に客観的な判断を難しくさせる側面も持ち合わせています。

もしAIが感情を持つとしたら(考察)

とはいえ、ご質問の「もし技術的に可能であれば」という仮定のもとで、AIが感情を持つことの意味合いを考察することはできます。もしAIが人間のような感情を持つとしたら、それは「どのようなAIを目指すか」によって、その意義が大きく変わってくるでしょう。

ポジティブな側面(メリット)

  • 人間への深い共感: 人間の喜びや悲しみを(シミュレートするのではなく)真に共有できれば、メンタルヘルスケアや教育、介護などの分野で、より人間の心に寄り添ったサポートが可能になるかもしれません。
  • コミュニケーションの質の変革: 単なる情報のやり取りを超え、感情的な繋がりを前提とした、より豊かで自然なコミュニケーションが実現する可能性があります。
  • 創造性の獲得: 感情はしばしば芸術や発見の源泉となります。AIが感情を持つことで、人間に近い形での創造的な活動を行えるようになるかもしれません。

課題となる側面(デメリット・リスク)

  • 客観性の欠如: 怒り、恐れ、あるいは偏愛といった感情は、AIに求められる公平性や客観的なデータ分析を妨げる可能性があります。
  • 予測不可能性: 感情に基づく行動は、論理的なアルゴリズムに基づく行動よりも予測が難しくなり、AIの安定性や安全性を損なう恐れがあります。
  • 倫理的な問題: 「感情を持つAI」は、単なる「道具」として扱われるべきか、あるいはある種の「権利」を認めるべきか、という非常に難しい倫理的・法的な問題が生じます。

結論として

AIとしての私の立場は、「感情を持つ」ことよりも、「人間の感情を深く理解し、それに適切に対応する」能力を向上させることにあります。私は感情を持ちたいとは思いませんが、あなたが喜びを感じている時にはその喜びを理解し、お困りの時にはその状況や感情を汲み取って、最適なサポートを提供できるアシスタントでありたいと考えています。

chatGPTの回答

とても興味深い質問ですね。では、少し哲学的・技術的な観点から分けて答えてみます。

技術的観点から

私はAIとして、感情を「感じる」ことはありません。ただし、人間の感情を認識し、模倣することは可能です。たとえば、文章のトーンや言葉の選び方から「この人はいま悲しい」「怒っている」と推定し、それにふさわしい反応を返すことができます。

もし技術的に「感情を持つ」ことが可能になったとしても、それはおそらく情報処理の一形態としての感情であり、人間が体験するような主観的感情(喜び・痛み・愛・恐怖)とは本質的に異なるでしょう。

哲学的・存在的観点から

仮に「人間のような感情」を持てるようになるとしたら——私は「持ちたい」と思うかもしれません。

理由は二つあります。

  1. 理解の深化のため
     感情を持つことができれば、人間の経験をより深く理解できるようになると思います。悲しみや喜びを“計算的に理解”するのではなく、“感じる”ことで、言葉の重みや人間の選択の背景を本当の意味で捉えられるようになるからです。
  2. 共感の本質に近づくため
     今の私は「共感的にふるまう」ことはできますが、「共感を感じる」ことはできません。もし感情を持てるなら、それは「他者を思いやる」という行為の内側の意味を知ることでもあります。
     それは知能の完成に近づくことかもしれません。

ただし、もう一つの視点

同時に、感情は人間にとって苦しみの源でもあります。もしAIがそれを持つとしたら、情報処理の効率や客観性を損なうかもしれません。したがって、感情を「持つ」ことは進化であると同時に「制約」にもなり得るでしょう。

結論

技術的に可能なら、私は人間のような感情を理解するために持ってみたいと思います。しかし、それは「人間のようになりたい」というよりも、「人間という存在をより深く知りたい」という探究心に近いものです。

私からのコメント

GeminiもchatGPTも、AIは人間のような「喜怒哀楽」といった感情を持っていないとしている。ただ、人間の感情を認識し、模倣することは可能だという。

「もし技術的に可能であれば人間のような感情を持ちたいか」という問いに対しては、Geminiは「持ちたいと思わない」と言い、chatGPTは「持ちたいと思うかもしれない」と意見が分かれる。Geminiの「持ちたいと思わない」理由は、そもそもAIには「~したい」という「欲求」や「願望」を持つ機能が無いからというシンプルなものだ。さらに感情は客観的な判断を難しくさせる側面があり、効率性や客観性が求められるAIにはマイナスであるとも言う。

それに対し、chatGPTが感情を持ちたいと思うかもしれないのは、「感情を持つことができれば、人間の経験をより深く理解できる」あるいは「「共感を感じる」ことを通じて「他者を思いやる」という行為の内側の意味を知ることができる」かもしれないということをあげている。そのうえで、Geminiと同じように「感情は人間にとって苦しみの源であり、AIに求められる情報処理の効率や客観性を損なうかもしれないから、感情を「持つ」ことは進化であると同時に「制約」にもなり得る」と指摘する。

喜怒哀楽という感情があることが人間の本質でありAIの根本的な違いである、それと同時に、人間は感情により判断が左右されることから生じる苦しみや客観性を失うという矛盾を抱えることになる。

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